うんぺり

ある日の夜、仕事が終わり同僚とノンビリと焼肉を食べていると病院からの電話で『緊急手術になるかもしれない患者様がいる。至急病院に戻って欲しい』との連絡がありました。

同僚は焼肉と共にいい感じにビールを飲んでいましたが、お酒が好きではない私はこういう緊急時には非常に便利です。

大至急でかけつけると80代後半のその患者様は腹部激痛と39度の発熱にて緊急搬送され、搬送後間もなくで感染症性のショックで意識朦朧としていました。

撮影されたCTを確認すると、原因は定かではないものの大腸が穿孔してお腹の中に便が多量に出てしまっている様でした。

うんち(がお腹にばらまかれ)による腹膜炎(英語でペリトナイティス)から外科医はこれを『ウンペリ』と呼んだりしますが、この『ウンペリ』実は非常に致死率が高い危険な病気です。一刻の猶予もならない為ただちに緊急手術を決めました。

開腹すると腹腔内には多量の便があり、可及的にこの便をかき出してから、多量のお水でお腹の中を洗います。洗浄水は10リットル以上に及ぶこともあります。

通常手術では術野の清潔にとても気を使いますが、ウンペリではもう清潔不潔もあったものではありません。一番清潔に保たなければならないお腹の中に多量の便があるのですから…

お腹の中がある程度きれいになった後は穿孔部を確認し、この部位を含め腸管を切除して口側を人工肛門にします。

なぜ吻合(腸管切除後に結ぶこと)しないか?と疑問に思われる方もいるかもしれませんが、お腹の中は便の雑菌でいっぱいです。いくら水で洗ってもやはり限度があります。

例えば指を怪我して縫合した後はきれいに消毒して絆創膏をはっておきます。まさか便器のお水につける様なことは絶対にしません。

オペでも感染内での吻合は基本しません。さらにウンペリの状態では全身状態も悪く腸管も浮腫んでおりこんな状態で吻合して縫合不全(縫った腸管が漏れること)を起こしたらそれこそ生命に関わります。

まずは救命第一です。

そういったわけで吻合はせずもう一度お水で腹腔内を洗浄した後に人工肛門を造設し、ドレーン(お腹の中に汚いものが再度溜まったら外に出す管)を4本留置しました。

最後に炎腸管をお腹の中にしまうのですが、炎症でパンパンに浮腫んだ腸管はしまうのも困難な程で、本当になんとかしまいながら閉腹しました。

この間麻酔科の先生も術中の血圧や心拍低下など、かなり大変な状態になったようで術中もかなりバタバタと動かれているのは感じましたし、手術後にかかっている点滴や投与薬剤の管の多さも全身状態の厳しさを物語っており人工呼吸のまま手術室を退室しました。

この患者様はこの後幸いなことにお元気に退院されましたが、やはりウンペリでは厳しい状態になる患者様も少なくありません。

ウンペリの原因には様々ありますが、進行大腸癌による閉塞で上流が破綻し穿孔するものや、憩室からの穿孔、ご高齢では極度の便秘から腸管が血流障害などで弱くなりその部位から穿孔することもあります。

この患者様は穿孔部腸管に癌や憩室は確認されず、もともとの極度の便秘からの穿孔と診断されました。

もちろん便秘がただちにこの様な重篤な病気につながるわけではなく稀な例ですが『便』の管理は非常に大事です。

ただ薬を飲んだからといってスイッチを押した様に気持ちよく普通便が出るわけはなく、またどの患者様にも同じ様に効く最高の薬があるわけではありません。

なかなか効果が得られないことや、下痢になってしまってかえって辛い…ということになるともあります。

短期間の内服で判断せず少しの間継続しつつ効果を見極め慎重に下剤量や種類を調整することが大事です。

便秘で悩んでいる患者様もお気軽にご相談下さい。