鼠径ヘルニア(脱腸)に関して

鼠径ヘルニアのイメージ

足の付け根(鼠径部)がある日『ポコっ!』と突然膨らんだ。

押してみると戻るが暫くするとまた出てくる。 あるいは寝ると元に戻るが、朝になって立つとまた『ポコっ!』と出てくる。

この様な経験をされた方はいらっしゃるでしょうか? その様な方は『鼠径ヘルニア』という病気の可能性があります。鼠径ヘルニアの詳細に関しては当院ホームページ

https://takasago.clinic/hernia.html

にも記載してあるので参照頂きたいのですが、 本日は私が外科人生の中で最も印象的な鼠径ヘルニアの患者様のお話しをしたいと思います。それはまだ私が外科医として駆け出しの頃の患者様です。

その患者様、幼少期からヘルニアの自覚をされていたのですが特に痛むこともなく押せば戻るので経過をみていたそうです。急に変化すれば心配になりすぐ来院されることもあったのかもしれませんが、その患者様の場合 初めは親指大 数年後にはゴルフボール大になり、さらに数年後には野球ボール大、ソフトボール大になっていきました。非常にゆっくり大きくなっていったので『こんなものだったかな?』という気持ちと『少しおかしい・・・でも部位が部位だけに少し恥ずかしい・・』と放置していた様です。

ヘルニアは別名脱腸とも言われますが、これは腹壁の弱い部位から腸がお腹の外に出てきてしまう為で、ヘルニアが大きくなっていくと脱出した腸は陰嚢の方向に向かっていきます。つまり当初は鼠径部で大きくなったヘルニアはおさまりきれなくなると陰嚢内に進み陰嚢を大きくしていきます。

その患者様のヘルニアは長い時間をかけて陰嚢に達し、さらにグングンと腸が脱出していったことで陰嚢はとうとうスイカ大にまでなっていました。この頃になると普通のズボンも履けなくなり、普通に歩行することもままならなくなっていました。もちろん寝ても押しても脱出した腸管は戻りませんでした。

消化管は口から食道さらに肛門まで一本道ですから、この様に陰嚢内に腸が多く脱出すると、口から食べた食事は食道、胃、小腸を通り一度腹腔外に出て陰嚢の中に脱出した小腸を通過後に再びお腹の中に戻らなければなりません。この頃になるとヘルニア部腸管の通過障害も伴って食事摂取後に陰嚢が痛くなっていた様です。

手術も大変でした。まず陰嚢内にスイカ大にまで脱出した腸を腹腔内に戻すことも容易ではありませんし、腸管が腹腔内から脱出する腹壁の穴(ヘルニア門)も非常に大きく修復も困難でした。また術後も今まであった膨らみに水がたまってしまい何度にも渡って外来にて穿刺吸引を必要としました。

これほど大きく脱出した患者様をその後経験することはなかったと思いますが、やはり現在でも陰嚢まで達するまで放置された患者様を手術することは少なくありません。ヘルニアはやはり大きくなるまで放置すると、手術自体も困難になるだけでなく術後も水がたまるなど大変になってしまうことが少なくありません。

また鼠径ヘルニアを放置するリスクは単に『大きくなってしまう』というだけではありません。実はもう一つ怖いことがあります。それは『嵌頓(かんとん)』してしまう危険性です。

『嵌頓(かんとん)』とは何でしょうか? これは

細い隙間に勢いよくパンチを通過させたはいいけど戻らなくなっちゃったという状態に似ています。くしゃみなどでお腹に力が入った時、腹壁の穴(ヘルニア門)からドバっと出た腸管が戻らなくなってしまうことです。

こうなると大変で緊急の手術が必要になりますし、対応が遅れると脱出した部分の腸管の壊死を起こし腸管を切除しないといけなくなることもあります。狭いところを勢いで通過して戻らなくなることが原因ですからヘルニアが小さいからといっても嵌頓のリスクは十分にあります。

やはり鼠径ヘルニアの診断を受けたら、なるべく早期に手術を受けるのがよいと思います。鼠径ヘルニアの手術は日帰りで行うことが可能ですから仕事がお忙しい方でも十分手術を受けることが可能です。

以上長くなってしまいましたが鼠径部がポコっと出たら早期に専門医を受診して下さい!